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319.指揮者の好き嫌い

2012.7.28


 好き嫌いという安易な言葉を使ってしまいましたが、「得手、不得手」、「思うところ」、「個性」、といった意味としても良いと思います。
 何が、と言えば、選曲についてですね。

 アマチュアにしろプロにしろ、オーケストラ、吹奏楽団など音楽集団には指揮者なる立場の人間がおります。学校の吹奏楽団など顧問の先生が一人の場合が多いでしょうし、オーケストラの場合は主席、副、アシスタントなど複数居る場合もあるでしょう。
 指揮者というのは、個性を前面に出すのが仕事である者でありまして、同じ曲を同じオーケストラで、別の指揮者が演奏すると、ちゃんと別の演奏になるのです。稀に、超名門オーケストラの場合、オーケストラのスタイルを貫き指揮者が変わっても演奏が変わらないこともあるようですが、、、実際に私は聴いた事は無いですけれど。

 話が逸れそうですが、まぁ、選曲から考えても、指揮者の意志というのは、最初に述べた個性であるともいえるのです。

 プロのオーケストラの場合は、演奏会の回数が多いことと、経営的観点(集客が出来るか)から、必ずしも指揮者の意向のみで選曲されるわけではないでしょう。指揮者の個性というより、オーケストラのカラーが出るのですね。それでも、客演指揮の場合は指揮者の意向は大きく反映されるでしょう。

 演奏会の回数が年に1~2回と少ないアマチュアの場合、選曲は熾烈ではないでしょうか。とくにオーケストラの場合は。何しろ、序曲、協奏曲、交響曲というパターンの場合、3曲しかないわけです。選曲で揉めるという話はよく聞きますね。メンバー同士の好き嫌いのぶつかり合いになるわけです。最後は、多数決か指揮者の一声など、それぞれの決め方があるでしょう。
 吹奏楽団の場合は、合計で10曲程度。オリジナル、ポピュラー、クラシックが3~4曲ずつ選曲されるでしょうから、幅広く選曲され、メンバーの中で一曲も納得いく曲がないという人はいないのではないかと思います。
 で、その選曲に指揮者がどれだけ関与するかというのが、どういうことかを考えてみるわけです。

 指揮者が関与しなかった場合、または指揮者に代わって方向性を打ち出している人がいない場合。アンケートの結果を並べただけのような、脈絡のない曲が並ぶことになります。こうなると、聴きに行った者としては「この楽団は何を考えているんだ。」なんて思うことになります。
 指揮者は、自分の好き嫌い、得手不得手に関係なく、それらの曲を演奏いたします。オールマイティに出来る人だったらいいのですけれど、普通に考えると無個性になっているような気がします。

 逆に指揮者が自分の好き嫌い、得手不得手で100%選曲してしまった場合。カリスマ的にメンバー全員が指揮者に心酔していれば、楽団としてはよいでしょう。聴衆としては、好みが合わないと二度と聴きに来ないと思うでしょうねぇ。
 メンバーが特に指揮者を特別視していない場合は、メンバーからの反発も多くて上手くいかないことが多くなるでしょうね。

 それでは、その中間程度に関与した場合。メンバーの意向も汲み、楽団の実力、聴衆の好みも考え、楽団としての方向性、指揮者自身の好みも反映し決定する。ある程度時間はかかるでしょうが、どの方面から見ても納得性が高いものと思われます。ある意味理想ですよね。


 さて、ここからは自分自身のことを書いていきます。
 数年前は、ある程度選曲関係者の意見は聞いたうえで大部分は自分で決めていました。自分としては納得していたのですが、あとでメンバーからの声を聞くと結構不満があったということもありました。退団していったメンバーの「指揮者と趣味が合わない。」という言葉を聞いて少なからず悲しく思ったこともありました。

 そういう訳である年は、自分の意見はほとんど出さず、選曲関係者に任せてしまいました。が、これはこれで悲しい思いをすることになったのです。
 演奏会の終了時にはロビーに出て行ってお客様のお見送りをいたしております。この時にいろいろなご意見など聴くことが出来るのです。その前年の演奏会(私がほぼ選曲した)では、あるクラシック好きの知り合いの方が、「あの○○(曲名)には感心した!」と言って、握手をしニコニコして帰って行かれました。これはとてもうれしいことです。しかし翌年は、ロビーで目を合わすことなく、声もかけられず、帰られてしまいました。よっぽど気に入らなかった様に思えました。そしてその翌年は、お見えになりませんでした。まぁ、たまたま急いで帰って、翌年は都合で来れなかっただけかもしれません。私としては気になるところです。

 そういったこともあり、自分に意見を全く出さないのも良い結果につながらないということ知りました。
 その後の演奏会では、全体を見たうえで一曲だけ押し通し、演奏会の後では「あの曲は、三谷澤君の選曲でしょう。」なんて、やっぱり解る人には解るんだなぁ、ということもありました。

 年に一度の演奏会。選曲で躓くと後々まで響きます。上手いかない時もあるでしょうけれど、出来るだけいろんなことを想定して、楽団と指揮者の個性が活きるようにしていきたいものです。

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