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297.11歳の思い出

2012.2.25


 小学五年生の子供の授業参観に行ったのでした。授業の後半では、一人一人全員がこの一年間の思い出をスピーチいたしました。
 小学五年生といえば11歳でありまして、そういえば私にもクラス全員が何かを発表するという場があったなぁ、と思い出したのでありました。 私の小学五年生は1974年のことです。

 そのときの授業は参観日ということではなかったのですが、クラス全員が一人一つずつ何か出し物を発表するという物でした。何をしても良いということでしたが、私は悩んだ挙句、何も用意することなく当日を迎えたのでありました。
 クラスメイトがどんな出し物をしたか、今思い出すことが出来るのは1つだけです。それは、ワイングラスに水が入っていて、湿らした指でグラスの縁を撫でていると音が出るという、随分後になってからグラスハープというものであることを知ったのですが、その子は自分の持ち時間では鳴らす事が出来なかったのです。それでも他の人の出し物を見ながらずっとグラスを撫でていたらしく、暫くしてから漸く音がしたのでした。その澄んだ今まで聴いた事のない音がしたときには、クラス全員がどよめいた物でした。

 私は、何をしようかまだ決めかねていましたが、一応手品をしようとネタを決めておりました。その場で決めたわけですから、リハーサルなどしてなく、一発勝負のつもりだったのですね。その手品のというのは、紙と一緒にハンカチを折りたたみ、それを鋏で真っ二つに切るのに、ハンカチだけは切れないというもの。いったい、どうするつもりだったのでしょう。

 いよいよ、私の発表の順番が来ました。発表は教壇でします。席を立った瞬間、手品は止めにして、手ぶらで教壇に向かったのでありました。そして、クラスのみんなの方を向くと喋りだしたのです。

鉄道100年こぼれ話をします。こぼれ話というのは、あまり知られていないちょっとした話のことです。」
 どうしてこんなことを思いついたのでしょうか。
「一つ目です。最初の鉄道は新橋横浜間を約1時間で走りましたが、最初に乗った人達は、それまで一日掛けて歩いていたのがこんなに早くつく筈がないと言って降りようとしませんでした。」

 大爆笑

「次です。最初に汽車に乗った人達は、乗り方が分からず履物を脱いで乗ってしまいました。汽車が出発した後、ホームには、草履がずらっと並んでいました。」

 また大爆笑

「次です。汽車が走っているのを見た人は、煙を上げて大きな音で走ってくる姿を見て、火の龍と言って恐れました。」

 またまた大爆笑

 話のネタはこの三つでした。よく突然こんな話を出来たのか、今でも感心してしまいます。

 鉄道100年と言うのは、明治5年(1872年)に新橋-横浜間が開通してから100年にあたる1972年のことです。当時、鉄道に関していろいろなイベントがあったり、本も出版されておりました。そんな子供向けの鉄道本を読んでいて、憶えていたのでしょう。

 とにかく、人前で喋って大爆笑させるという快感をここで知ってしまったのです。おまけに、会の終わりに先生が、
「三谷澤君のした話は、とてもいい話でした。」
と、全員の前で誉めてくれたのです。叱られた数と誉められた数を比べると、圧倒的に叱られた方が多い私にとって、とても珍しいことでありました。

 現在の私の行動原理の一旦はここにあると思います。人前では何か喋って笑わせなければならないという。
 まぁ、この歳になっていつまで馬鹿なことをいっているのか、とか、会社で場をわきまえず顰蹙を買ったり、、、、。やはり、改めた方がいいのかなぁと思っている、今日この頃であります。

(でも、ここで書いている駄文だってウケを狙っているわけだから、改まりそうにないですね。)

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