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265.吹奏楽小説

2010.10.11


 吹奏楽を舞台にした小説はどれ程あるのかと、考えたとき殆ど思い当たることはありません。検索してみても数点といったところ。
 私が知るかぎりでは、以前にも書きました西澤保彦さんの「黄金色の祈り」と、同じ西澤さんの短編に一作品あった様に思います(顧問の先生が生徒に中古楽器を斡旋する際にピンはねをしてお小遣い稼ぎをしていたというお話。西澤さんの作品ではなかったかもしれませんが、今探せません。すみません、、、)。

 私も、機会(と能力)があれば小説を書いてみたいなぁ、などと夢を持っている人間なので、もし吹奏楽を舞台にしたらどんな作品になるだろうかと考えたことがあります。
 まず、登場人物。吹奏楽団のメンバーを全員で40人と考えて、その周辺の人物などを含めていくと、50人は下らないだろうということで、これは大変な小説になるなと考えました。登場人物が多くなれば、それぞれにキャラクターの割付をして、またそれぞれがある程度の役割を持ったストーリーを考えなければなりません。
 全体の大きな流れ(コンクールに勝つとか、コンサートを成功させるとか)を軸に、7~8人の登場するエピソードを7つ位並べて、最後に結末を迎えるという形がいいのかなぁ、とか考えました。推理小説だとしたら、北村薫さんや加納朋子さんの「日常の謎シリーズ」の連作短編集みたいな感じですね。
 オーケストラでいえば、小説ではありませんが「のだめ」という大ヒット作がありましたね。ある主人公を中心に描くというのが、やはり小説の王道でしょうか。

 そんな事を考えていたことすら忘れていたつい先日、懇意にしている書店の文庫コーナーで見つけた本があります。その名も
 「ブラバン」
 新潮文庫で津原泰水という方が書いた作品でした。あいにく私はこの作者について存じておりませんでした。まぁ、推理小説ではないので。
 すぐさま手に取ってみて、開いたのは登場人物のページ。なんと、部員31名と顧問3名の34人の名前が並んでおりました。実際に登場するのは、この外にも数名いましたので、40名ほどの登場人物になります。私が考えたのと同規模です。
 もう一点、気を引いたのが、その部員の脇には、1978年入学、とか、1979年入学とか書かれています。私が現役学生だったころと同時代です。作者の生年を見ると1964年とありますので、私の一学年下か、早産まれであれば同学年です。
 というあたりで興味を持ち、この本を持ってレジに向かったのでありました。

 ただ、買ってからすぐ読んだかというと、そうではなくて一ヶ月程放置しておりまして、いよいよここの駄文を書くネタに困り、ようやく読んだというわけです。というわけで、ここからは読後感想文(書評なんて大それた事は出来ませんので)となります。

 まずタイトルについて。「ブラバン」というのは、やはり正式には主に英国式の金管バンドを指しますので、私は吹奏楽のことをブラバンと呼ぶのは抵抗があります。この作者はその辺を気にしないのかなと思って読んでおりますと、ちゃんと話の中で顧問の先生が「ブラバンは正しい呼び方ではない。」といっておりましたので、安心いたしました。

 さて、物語は現在40歳を過ぎた吹奏楽部OBの主人公が1980年~82年の高校生時代の「ブラバン」を回想しつつ進行していくという物です。もうちょっと詳しく書くと、今の時代で元部員の一人が自分の結婚披露宴で当時のブラバンメンバーに演奏をしてもらいたいために、メンバーの消息を追い、参加できるメンバーを集めていくというお話です。

 ところがですねぇ、この作家の手法なのかわかりませんが、出てくるエピソードが現在なのか過去なのか知らない間に代わっていることがあって、しばらく読み進んでから「???」となり、読み返して、「これは過去の話なのか」とか気付くところが何箇所もあるとか、また同じ過去のうちでも、たった一行変わっただけで時間がかなり飛んでいる(説明もなく、演奏の前から演奏後に移っていたり)しているので、どの時点の話なのかを把握するのに苦労いたします。手法でなければ素人作品と言っていい文章です。(私に言われたくはないか。)
 そして、いくつものエピソードが書かれているのですが、その一つ一つが完結して次のエピソードに移るというのではなく、時間軸のとおりに書かれているので、いくつものエピソードが同時進行することあり、話を理解するのに苦労します。忘れかけていたエピソードが再び現れると「何の話だっけ?」と戸惑いますね。おまけに、登場人物が多いのでこれこそ忘れかけた頃に出てくると「誰この人?」となります。
 いくつも出てくるエピソードというのも、高校生としては割とありがち(私は経験したことのないことが殆どでしたが)なことで、特に面白いものではないように思います。

 そうそう、話の始まりからして舞台が高校であることは分かるものの、どこの高校かは分からず、しかし会話はいきなり方言で始まります。関西弁のようですが、そうではないようです。かなり読み進んでから、「広島?」となんとなく分かる有様です。

 作者は、自分が知っていることは読者も知っている物だという前提で書いているような気もします。それも手法の内なのかもしれませんけれど。

 読了して気付いた事がもう一つ。この小説は一人称の視点で書かれておりますが、語り手となっている主人公の知りえた事のみで進行しているのです。通常の小説では、地の文で登場人物が知り得ないことを読者に知らしめることは良くありますが、それがないのです。まぁ、登場人物と同じ視点で読むという手法なのでしょう。しかし読者というのは、登場人物をある意味上から目線で見ているところがありますので、これはちょっとストレスが溜まります。

 そして最後に、コンクールで演奏した曲目。コンクールとは、課題曲、自由曲と書かれていますので、全日本吹奏楽コンクール(代表になったとは書かれていないので、県大会の下の予選)のことでしょう。
 課題曲は何を演奏したのかわかりませんが、自由曲は上岡洋一の行進曲「秋空に」ですって。コンクールで演奏が許されるのは12分間であり、課題曲は当時殆どが約4分でした。ということは自由曲に8分弱割くことが出来ますのです。「秋空に」は確か3分掛からない演奏時間だったので、大変もったいない時間の使い方のように思えます。
 自由曲に「秋空に」、、、有り得るのかなぁ、と、しばし考えましたが、まぁ、有り得たのでしょうねぇ。

 さてさて、ストーリの方はどうなったか、メンバーは演奏が出来るほど集まったのか、と、気になっているでしょうが、一応マナーとして書かないでおきます。ただ、虚脱感は残りましたが。
 誤解を恐れずに言ってしまえば、知らない他人の日記を読んだような感じです。それも手法なのでしょうねぇ。
 まぁ、なんとなくこんな一種独特な雰囲気もいいのかねぇ、などと思ったりもしました。

 というわけで、私が今までに読んだことのないスタイルの小説でありました。ご興味の沸いた方はどうぞお読みになってください。

【参考文献】
ブラバン / 津原泰水 / 新潮文庫

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