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203.あばら骨の骨折

2009.8.1


 別に私があばら骨を骨折したわけではありませんので、ご心配なく。紛らわしいタイトルで申し訳ありませんけれど。

 学生時代、吹奏楽部の一つ後輩に、なかなか気の効いた面白いことをいうヤツがおりました。彼は、年の割に経験豊富で、いろんな事を知っていましたね。
 彼が吹奏楽部に入部したのは2年生の途中からだったと思うのですが、それまでは何をしていたかというと野球部にいたのでした。我が校の野球部はかなり強くなく、私の在籍した5年間には夏の予選は1勝もしませんでした。私が卒業した後も勝ったという話はほとんど聞いたことがありません。そういう野球部ですが、練習は厳しく、夏の予選以外では勝つこともあったのでまるっきり弱いということではなかったと思います。
 彼は、その野球部の中で、エースやクリンナップという主力選手ではなかったものの、実力は認められており、退部の時もかなり慰留されたようです。後から野球部のヤツから聞いたのですが、「最高の9番バッターだった。」と言っておりました。これ褒め言葉ですよ。

 そんな彼から聞いた話です。ある時、どんな話の流れでそんな話題になったのか忘れてしまいましたが、
「あばら骨の骨折って知っていますか。」
と聞いてくるのです。私は、そんなこと経験も聞いたこともないので、「知らない。」と答えると、彼は説明をしてくれたのです。
「普通の手足の骨折と言うのは、添木をして包帯を巻いたり、ギプスで固めたりして治療します。外側から全部固定できるからですね。ところが、あばら骨と言うのは内側に肺があるので内側から押さえる事が出来ません。外側から抑えるにしても強く押さえることは出来ません。そっと湿布を当てて静かにしているしかないのです。」
 それだけです。たったそれだけの話なのですが、私はかなり目から鱗が落ちる思いをしたのでした。


 社会生活を送っておりますと、人間関係というのが必ず生じます。旧知の間柄であれば、相手の性格や立場などを考慮してそれに見合った付き合い方ということをすることになります。これはどんな方でも同じだと思います。
 始めて会ったり、会って間もない人の場合は、その方がどんな性格なのか、どのように接すれば良い関係が築けるかということを考えると思います。多くの人はそう考えていると思います。
 ところがですねぇ、世の中にはいろんな人がいるわけで、そのように人間関係を考えてくれない人がいるわけです。簡単に言ってしまうと、自分のことしか考えない人ということになるのですね。ここのところ流行の「モンペ」などという人たちはその際たる物でしょう。
 (実は、私もそういう時期がありまして、随分皆さんにご迷惑をおかけしたと反省しております。今も時々、やってしまいまして後から後悔することもあります。スミマセン。)

 通常何事もなければ、「あぁ、あの人はそういう人なんだ。」と思ってそれなりの対応をしておけば良いのですが、困った事態に陥るのは、その人と協力して何かの問題解決や、こちらの要求を受け入れてもらわなければならない時です。
 そういう人たちは、大抵の場合自分の利害だけを考えて対応案を言ってきます。実際には案になっていず、単なる愚痴であることが多いです。こちらがいくら建設的にお互い(あるいは組織)が良い方向に向かうように提案しても、全く聴く耳を持たない、自分に都合の悪いことは聞かないという態度を貫きます。

 私は、そんなときに思うのです。「あばら骨の骨折だ。」と。

 解決しなければならない問題を、「骨折」とします。解決方法は当然「治療する」ことです。お互いに協力できる関係にあれば、それぞれの側から骨に添え木を当てる事ができます。手足の骨折の治療の様にです。
 ところが、相手が話を聞かず協力的でない場合、あばら骨の骨折のような状態になります。相手の行動に期待できないので、こちらが行動を起こさなければなりません。あばら骨の外側からしか治療できない状態です。ただし、強く押しすぎると骨折を更に悪化させる場合があります。静かに治るまで待つしかないのです。
 それを理解できない相手は何かと要らない事をしてきます。いつまで経っても骨折は治りません。大変困ったことになります。そんなときにはどうすれば良いのでしょうか。
 確実に直るという処方はありませんよね。

 私も、四十数年生きてきて、この「あばら骨の骨折」状態に何回か直面しました。解決出来たものもあり、出来なかったものもあります。自分が上手く対応できなくて、今でも後悔していることもあります。

 ごく最近も直面しました。治療方法は、全摘出となりました。考えてみると、あれは、骨折と言うより癌細胞だったのかもしれません。体を守るためには仕方ありません。
 最良の方法だったとは思っていますが、あまり後味のいいものではありませんでした。

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