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109.振れない

2007.10.20


 指揮をするということは、その前に指揮する曲を頭に入れて曲作りしておく必要があります。初演作品などの場合は過去に録音されていないので、譜面を見ながら一から曲作りしていくわけですが、通常のクラシック曲の場合は録音がありますから、譜面を見るより先に曲を聴く場合が多いでしょう。
 プロの指揮者の場合はどうでしょうかね。たいていの曲は指揮者になる前に聴いたことがあるでしょうが、聴いたことの無い曲を演奏することになった場合、録音されたものを聴かずに譜面だけを見て曲作りしていくのでしょうか。こだわりのある人は、そういうことをしているかもしれませんね。

 私のような特に優れていないた能力でもって指揮をしようとする場合は、やはり先に曲を聴いて憶えてしまおうとするわけですが、ここで非常に困ったことが起きることがあるのです。
 それは、聴いた感じの拍と譜面上の拍がずれてしまうことなのです。拍の頭が休符で、裏拍から音がある場合、聴いた場合に頭の休符が聴こえませんから裏拍が拍の頭に聴こえてしまうのですね。そうなってしまうとその曲を譜面とは半拍ずれた状態で憶えてしまうことになってしまいます。指揮をしようとしたときに正しい拍で振ることが出来ないのです。

 具体的に言うとチャイコフスキーの交響曲第4番第1楽章。87から89小節の管楽器パートを見てみると、

となっているのですが、

という風に聴こえてしまうのです。お分かりになりますでしょうか。12/8拍子なのですが、八分音符一つずれて聴こえます。こうして耳に馴染んでしまうと、どう聴いても譜面どおりには聴こえません。あるアマオケでこの曲を演奏した人が「どうしても拍が判らん」と嘆いておりました。正しく読むためには、覚えてしまった曲を頭から振り払って、譜面とにらめっこして覚えるしかありません。
 あるコンサートで私はオーケストラの後方の席から指揮者を正面に見ながらこの曲を聴いたことがあるのですが、ふと客席を見ると小さく指揮する形で手を動かしている若い男性がいるのです。それがちゃんと譜面どおりの拍になっているのですねぇ。悔しかったなぁ。その方もきっと相当練習したのでしょうね。

 そのほかにも、こんな風に拍がずれて聴こえてしまう曲は、
C.サン=サーンスの交響曲第3番「オルガン」の第2楽章第1部もそうですね。シャブリエの狂詩曲「スペイン」のテーマも拍が取り難いですね。
 吹奏楽で有名なところというとG.ホルストの組曲第二番の第3楽章「鍛冶屋の歌」も裏拍から出る曲ですので拍がずれて聴こえます。

 で、ベートーヴェンの交響曲にはあるかというと、実は第8番の第4楽章が拍がずれて聴こえるのです。第8番はベートーヴェンのユーモアが活きているといわれていますが、これがその一つなのですかね。

 と、ここまでいろいろな曲を挙げてしまいましたが、譜面を見たことの無い人にとっては、どうずれて聴こえるかはわからないのですね。機会があったらスコアを見てみましょう。

 作曲者は、そんな風にずれてしまうことを面白がって作曲しているかもしれませんが、演奏する方から見ると大変いやらしい曲です。
 それにしても、こんな曲を苦もなく振っているプロの指揮者というのは大変な能力があるものだと、感心してしまいます。

【図の引用】
チャイコフスキー 交響曲第四番 ヘ短調 作品36 / Zen-on score / 全音楽譜出版社(P39)より引用しました。

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