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105.A管クラリネット記譜の謎

2007.9.22


 編曲をしながら譜面を眺めていると、時々「おやおや?」と思うことがあります。私もアマチュアとはいえ、30年ほど譜面とは付き合っているわけですし、楽典だって一通りは目を通したはずです。「知らないことは無い」とは言えませんが、大抵のことは目にしていると思うのです。
 それでも、時々「おやおや?」と思うような不思議なことが出てきます。そんなときは、手近にある音楽辞典で調べたり、ネットで検索したりしてみるのですが、結局は分からないこともあります。

 今回、不思議に思ったことは、A管クラリネットの調性の記譜について。
 以前にもどこかで書いていますが、移調楽器といってその楽器で「ド」の音を吹いたとき、同じ音程の音がピアノでは「ド」にならない楽器があります。「♭シ」になる楽器をB♭管、「ファ」になる楽器をF管ということになります。通常吹奏楽で使うクラリネットにはB♭管とE♭管があります。オーケストラでは、B♭管の半音下の音が出るA管というもの使われます。
 このA管というのが、曲者だったのです。

 ピアノでフラットもシャープも一つもつかないハ長調音階を、B♭管のクラリネットで吹こうとするとき、譜面上はシャープを二つつけたニ長調音階にする必要があります。同じようにA管の場合はフラットを三つつけて変ホ長調になります。

 ベートーヴェンの交響曲の中でA管クラリネットが登場してくるのは、第2番、第7番、「第九」の三曲です。第2番のときは問題なかったのですが、第7番をやっているときに「おやおや?」を発見してしまったのです。

 まず第1楽章と第4楽章は、

イ長調ですので、A管クラリネットはフラットが三つ増え( = シャープが三つ減る)ハ長調で記譜されています。これは、よろしいのです。
 次に第2楽章になると、

イ短調ですので、A管クラリネットとしてはフラットが三つ増えてハ短調で記譜されなければならないのですが、イ短調のままです。この時点では、「あぁ、A管クラリネットは調号をつけないという慣習があるのか。」と考えることができます。これはホルンと同じことです。
 そして、この第2楽章は途中でイ長調に転調します。

ですので、A管クラリネットとしては調合がつかないままになっていても納得することはできます。しかし、第3楽章になると、

「おやおや?」周りの楽器と同じフラットが一つついてしまっています。
こうなってしまうと、何か規則があるようには思えなくなってしまいました。第3楽章も途中で転調します。そこはどうなっているかというと、

ヘ長調からニ長調への転調なのでシャープは三つ増えています。クラリネットは変化無く、フラット一つのままです。ニ長調はA管クラリネットではヘ長調で記譜することになるのですから、この部分では正しい状態に戻ることになります。
 うーん、何か法則のようなものが見えてきました。

 今度は、別の曲を見てみましょう。リムスキー=コルサコフの「スペイン奇想曲」です。第1楽章はイ長調でA管クラリネットはハ長調の記譜で問題なし。第2楽章は、

ヘ長調で、記譜はフラットが三つ増え変イ長調になっています。この曲はちゃんと移調させて記譜しているのか、と思っていくと第4楽章では、

ヘ長調なのに調号なしで記譜されています。また分からなくなってきました。
 この曲は第4楽章と第5楽章が切れ目無く演奏される形になっています。では、その第5楽章を見てみると、

イ長調で、調号はなし。正しく移調されています。

 なんとなく見えてきました。つまり、こういうことではないでしょうか。
1. 曲を通して転調が無い場合は、正しく移調する。
2. 曲中に転調がある場合は、シャープの多い方の調に全体を移調し、曲中で転調はしない。

 
「第九」もパラパラと眺めてみましたが、そんな感じでした。
 (しかし、第3楽章のB♭クラリネットの記譜の仕方が、もう一段変則的になっていることを発見しました。)

 すべての曲がこのように記譜されている訳ではないと思いますが、このような法則に従って記譜されている曲があることは確かでしょう。

 吹奏楽ではA管クラリネットを使うことは、まず無いので今まで気がつかなかったのですが、オーケストラでクラリネットを吹いてらっしゃる方にとっては常識なのでしょうかね。

 管楽器にとってシャープ系の調は演奏がしにくくなりますので、フラット系の譜面にするための優遇措置だとは思うのですが、なぜA管クラリネットだけ、こんな変則的なのでしょうか。こうなった経緯などを知りたいなぁ、と思います。ネットで検索しても出てこなかったのですよ。

 ということで、まだまた私の知らないことは沢山あるなぁ、と思い、今回はおしまいです。

【図の引用】
ベートーヴェン / 交響曲第7番イ長調は 音楽之友社OGT7、(1,69,75,88,96ページ)
リムスキー=コルサコフ / スペイン奇想曲は 全音楽譜出版社 zen-on score 、(29,55,82ページ)
より 引用いたしました。

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