９８.呪縛

2007.8.4

　じゅばく　【呪縛】-する　まじないの力で、動けなくすること。〔人を精神的・心理的に縛り、自由をきかなくさせる意にも用いられる〕
　　　　　　　　　　　　三省堂新明解国語辞典第六版より

　古くから言葉には不思議な力が宿ると言われています。何気なく発せられた言葉でも、聞いた人に大きな影響を与えてしまうこともあります。気付いていないかもしれませんが、その言葉が大きな力を持ってあなたの考えや行動を縛っていることがあるのです。それが呪縛です。

　最近になって気づいたのですが、学生時代に指導していただいた先生によって発せられた言葉により、呪縛が掛かっていたのです。思い起こしてみると私の行動に変化があったように思います。もちろん先生はそう意図していなかったのでしょうが。
　それでは、先生が私に発した呪縛となった言葉を挙げて見ましょう。

「お前、口篭るからなぁ」
　誰かが人前で何か喋る必要があり、メンバーで人選し私の名前が挙がったときに言われた言葉です。確かに、私は活舌がはっきりしないこともあり、自信がないときなどはモゴモゴと曖昧に口篭っておりました。
　これを言われてから、何事も自信を持ってはっきり喋るよう、心がけています。

「ずいぶんフラットに吹くねぇ。」
　あるユーフォニアムのソロのポピュラー曲を演奏会で演ることになり、ソロはプロの方がでしたが、練習で私が代吹きしたときの言葉です。
　私はヴィブラートもかけず、抑揚もなく、譜面どおり面白みもなく吹いたのでした。当時は譜面どおり吹くだけで精一杯だったのですね。「フラットに」といわれて「音程が低いのか？」と勘違いしたくらいです。
　それ以降、抑揚をつけて歌うように心がけるようになったのでした。

「初見、利かないねぇ。」
　譜面というものは練習しなければ読めないものだと思っておりました。全体練習というのも譜面がある程度読めてから行うものと思っておりました。しかし、あるときの全体練習で突然新しい譜面が配られたのです。当然私はろくに音も出せず、まごまごするばかりでした。そこで先生のこの言葉。
　譜面に対する自分の姿勢が不足していた事に気付かされたのでした。譜面というものは、音階、リズムなどパターン化してしまっている部分が結構あります。つまり、日頃から譜面を真剣に見ていれば、例え初見であってもある程度は演奏できるものなのです。それが全くできないということは、真剣に譜面を見ていない証拠なのでした。
　それから、譜面は出来る限り真剣に読むよう心がけています。

　あれ、おかしいなぁ。先生の言葉によって私が良い方に向かってしまっています。これでは呪縛でなく、指導ではありませんか。
　しかし、次の言葉は確実に呪縛となっており、今も苦しめられています。

「うどんで腹いっぱいになると、騙されたような気がするからなぁ。」
　休日の練習などをしておりますと、昼食をどうしましょうかと言う問題が出てきます。先生は美味しいもの好きですので、どこかへ食べに行くことになるのですが、どこに行くか決めるときにかなり悩みます。あるとき、「○屋のうどんはどうですか？」と尋ねたときのことばです。
「うどんで腹いっぱいになると、騙されたような気がする。」
　うどんというのは、基本的に麺と汁です。あとは狐なら油揚げ、狸なら揚げ玉、月見なら卵、天婦羅なら天婦羅といった具が加わるだけです。食べ始めるとこれ以外に味わうものがありません。定食の様におかずが何品かあり、いろいろな味を楽しむということが出来ないのです。最初から最後まで、麺、汁、具の味しかしないのです。しかも麺が太いため、麺を食することが支配的になり具の存在を薄くしてしまっています。具は具で、油揚げ、揚げ玉、卵など、それ単品ではおかずにすらなっていないではありませんか。そう考えると天婦羅の存在というのは偉大です。しかし、てんぷらはカラッと上がってこそ天婦羅です。汁に浸ってドロドロになってしまえば最早天婦羅ではありますまい。
　それでも食べれば腹が膨れます。満腹感はあるのに味わったという気分になれないのですね。それで、この言葉です。
　私はこの言葉を聞いてから、食堂などに入った際にはうどんを注文できなくなってしまいました。うどんを食べると騙された気分になってしまうのです。

　どうでしょうか、これで皆さんもきっと食堂でうどんを注文できなくなってしまうことでしょう。それほど強い呪縛なのです。

　ところでこの先生、蕎麦は大好物なのですが、蕎麦で腹いっぱいになっても騙されたような気にならないのでしょうか。まぁ、私も蕎麦は好きなので気持ちは分かるのですが。　

前を読む　『休むに似たり』TOP 次を読む