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21.なぞの疾病V 〜七月の焦燥〜

2005.12.22


第七回雑文祭参加作品


 困ったことが起きた。
と、思わずつぶやいたのは、7月の始めの頃でした。

 最初に違和感を覚えたのは、昼に弁当を食べているとき。妙に食べにくいなと思ったのです。口を動かしながらよく考えてみると、咀嚼に時間がかかり飲み込むまでに時間がかかっているようでした。どうも舌が上手く動いていないのです。
 家に帰ってから、鏡をのぞいてみると舌の左側がわずかに腫れているようです。まあ、2・3日すれば治るでしょう、と根拠のない判断をして様子を見ることにしました。

 ところが、やっぱりといいましょうか、良くなりません。腫れひどくなり、普通に喋っても呂律が回らない状態になってしまいました。これでは、仕事で社外の人と会っても、昼間から飲んでいるように思われてしまいます。会社を休んで医者に行く決心をしました。
 何科の医者に行けばいいのでしょう?。判らなかったので掛り付けに行ったのですが一時間も待たされた挙句(これだから医者に行くのは嫌なのだ)結果は、
「ここではわかりませんねぇ、、、耳鼻咽喉科か口腔外科か、、、」
ということで、近くの耳鼻咽喉科の場所を聞いただけでした。それでもしっかり、診察代は取られるわけです。

 さて、その足で耳鼻咽喉科へ向かいます。待たされるのは嫌だなぁ、と思いましたが、こちらは空いていてすぐに診察してもらえました。しかし、
「ここでは何とも判りません。紹介状を書きますので大学病院へ行って精密検査をしてもらってください。脳神経外科の方で。」

 大学病院で精密検査、、、脳神経外科、、、
 昨年、目の具合が悪くなったときには行かずに済んだ大学病院。少しだけワクワクしてしまいました。 まるで、落ちは未定の話が始まってしまったようです。

 紹介状をもらって耳鼻咽喉科をあとにしました。大学病院は当日の受付か終わってしまっているので翌日ということでしたが、以前から気になっていることがあったので、もう一つ別の医者へ行くことにしました。この話は別の機会にしましょう。

 翌日。大学病院へ行きます。受付をし診察券を作ってもらったり、最近の病院は事務のコンピュータがすごいなぁ、とか感心しているうちに診察となりました。
 脳神経科の若いやさしそうな先生です。症状を話してから、口を覗かれて、診察が始まりました。
「それでは、舌を左右に動かしてください。」
「(やってみる)、、、左のほうへは動きません、、、」
「では、『レロレロレロレロ』って出来るだけ早く言ってください。」
「れーろーれーろー、、、こんなもんです。」
「次の早口ことば言ってみてください。『蒋介石の招待席』」
「しょうかいしぇきのひょうらいせひ」
「ふぅ〜む、、、」
てな感じで、いよいよ先生のご神託が降ります。
「考えられるのは3つあります。1つ目は、脳神経に異常がある場合。これは私の専門分野ですのでここで判断することが出来ます。MRIの検査をしてみましょう。」と言いながらパソコンを操作してMRIの予約をしているようです。
「2つ目は舌そのものに腫れ物が出来でいる場合。これは顎口腔科でないと判りません。顎口腔の予約をとりますね。」と言い、またパソコンの操作をします。
「3つ目は、これが一番厄介で、脳と舌の間の神経に異常がある場合。診療の方法をよく考えないといけないのですが、、、とりあえず、1番目と2番目を検査してみて何も出なかったら3番目を考えることにしましょう。」ということになりました。
で、そのMRIと顎口腔科の診察の日なのですが、全部別の日なのです。
「脳神経科の診療日が月水金で、顎口腔の診療は火木なんですね。何回も病院にきてもらうことになって申し訳ないのですが。」と先生は恐縮されていますが、仕方ありません。ここは思い切って会社を休むということしかありません。
 しかしながら、ひとりで脳神経も顎口腔も内科も皮膚科も整形外科も何でも判る、七つの顔を持つような医者は居ないもんなのだろうか、などと無茶なことを考えてしまうじゃないですか、ねえ。

 さて、なんとなく先生の話を聞き流していましたが、考えてみると大変なことみたいです。
1つ目、脳神経に異常があったらって、治療はあの脳下手術ですよね。頭蓋骨に穴をあけるやつ。
2つ目、舌に腫れ物って、もしかしたら舌癌?
3つ目、先生がよく考えなければいけないって、何かの難病なの?
 これ以上考えるのは、やめることにしました。

 翌週、月曜日。MRI検査です。MRIというとベッドに横になって細い筒の中に入っていくというあれです。何でも音がすごくうるさいとか。
 で、検査直前に検査技師の方から「狭いところに入ってパニックになるようなことはありますか?」とたずるねられました。そんなこと、黙っていてくれれば気にしなかったのに、なんか不安になってしまうじゃないですか。とりあえず「大丈夫です。」と答えて、検査に臨みました。
 30分弱だったでしょうか、目を開けていても白い筒の内壁しか見えませんので閉じていました。うるさいと言われた音も、いろんなリズムがしたり、妙な音程でハモッたり、現代音楽を聴いている感じで、なかなか心地よいものでした。
 そんな感じで検査は終わりました。

 翌日、顎口腔科の診察。脳神経科に比べると和やかな雰囲気。診察室に入ると、歯医者さんのあのイスに座らせられました。症状を説明し、診察です。口の中を覗かれ、下を引っ張り出されて、それから先生が言いました。
「舌扁桃が腫れてますねぇ、、、原因は判りませんが。」
なんと、今まで3人の医師が診て判らなかったものをこの先生は一言で済ましてしまったのです。そして心なしか残念そうな雰囲気が漂っています。大きな病気を期待していたかのように、、、。
 しばらく口の中を覗いていたと思ったら、こう言いました。
「ここに腫瘍がありますね。悪性ではないものですが。症状とは関係ないですけど、手術して取ってしまいましょう。」
せんせい、関係ないものでも手術してしまうのですか?
 先生に言われてしまったら、断ることも出来ず3週間後に手術をすることになりました。
診察が終わり、
「薬は○○を出しますので、3週間やってみてください。」とのこと。薬の名前を聞き取れなかったので、処方箋を見てみると、、、達筆すぎて読めません。薬をやってみるって何だ? 危ない薬でしょうか?
 まあ、いいか、と思い処方箋薬局に行き薬をもらうと、それはイソジンでした。
「あれだけ大騒ぎしてうがい薬かよ。」って感じですね。

 そして翌日、MRIの結果を聞きに行きました。
「結論からの言いますと、異常はありませんでした。」とのこと。
自分の脳の断層写真を見ながら、天才といわれるほど大きくはないし、スカスカになっているところもないし、それはそれで安心したのですが。
 でも、舌はちゃんと動かないのですよ。もしかして舌癌?。
「顎口腔の診療を進めてみてください。」と言われて、脳神経科を後にしたのでした。

 さて、3週間が過ぎ手術の日になりました。実は、舌の症状の方はなんとなく良くなって来ていたのです。うがいが効いたのでしょうか。
 診察室に入ります。先生はなんだか嬉しそうです。口を開け、先生が覗き込みます。すると、
「あれえ、無くなっちゃったかなあ?。」
どうやら、腫瘍はうがいをしているうちに消えてしまったようです。
 先生、ものすごく残念そうです。予定していた手術がなくなってしまったわけですからね。しばらく何か考えていたようですが、
「痛い思いをして、切るよりはいいか。」ですって。
 また2週間後様子を見るということで、イソジンを出してもらって帰りました。

 そして、2週間。腫れも引いて舌の動きはほとんど回復していました。

 結局今回も原因は何だか判らず、大変な病気になってしまった気分だけを味わえました。去年に引き続き、妙な症状に襲われたわけですが、何もなくて良かったということですね。

 今年も暮れていきます。お医者さんとの付き合いも程々に。
 来年もいい年でありますように。

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