以前、ある研修会で聞いた話なのですけれど、質と量の話だったと思います。 「質と量」というと、『量より質』と言ったりするように、「量が多いと質が悪い」とか「質はいいけど量は少ない」というようになかなか両立しない事象のように考えられることが多いです。 そのときの講師が「私は割り箸の袋を集めています。」と言いました。つづけて 「これが百枚(種類)くらいだと、ぜんぜん大した事ありませんよね。」 受講生うなずきます。 「千枚だとどうですか?一万枚だと?」 首を傾げだす受講生が見え始めます。 「実は私、百万枚集めました。」 おお凄いと言った反応が、そこここであります。 「割り箸の袋と言うのは大したものでなくても、百万枚と言う数字は凄いですよね。『量もある一線を超えると質になる』のです。」 納得しました。私はこの話にいたく感激し何の研修かは忘れましたが、この話だけは憶えていたのです。 (考えてみれば「チリも積もれば山となる。」とか「継続は力なり。」といったことわざと同じ意味なんですが。) そこで、私のベートーヴェン編曲です。 交響曲一曲、あるいはある交響曲の終楽章だけ、あるいは有名な『運命』の1楽章だけだったとしたら。 たまたま編曲しただけで取り立てて意味は感じられないでしょう。 しかし、全交響曲、全楽章となれば、意味があることになるのでは。(←それは自分で言うことでなくて、人に評価してもらうことなのですけど) そう思って、全交響曲に取り組むことにしたのです。 さて、割り箸の袋の話に戻ります。 感激したこの話をある知人にしたところ、 「割り箸の袋はいくらあっても私にはゴミにしか見えんけどね、、、」 あぁ、、、 |