最終話 君をつらぬけ
戦闘終了のチャイムが鳴り響いた。
遊の手から機銃がこぼれて、地面に落ちた。遊はくずれるように膝を折り、大きく息を吐いた。
何故、戦闘終了になったのかと頭の片隅で考えていた。
「どうして?」
遊と同じように機銃を地面に捨てた薄荷が尋ねてくる。
「何が?」
遊は微笑を浮かべて、薄荷に尋ね返した。
「どうして僕を殺さないの? 僕を殺さないと遊が死んじゃうのに! 僕は遊になら殺されても良かったのに! 遊を守るって約束したのに!」
薄荷の顔はもうぐちゃぐちゃだった。
絆創膏に眼帯、それに泣きたいような笑いたいような表情をしていて変な風に歪んでしまっている。
あーあ、せっかく可愛いのにと遊はまたおかしくなって笑ってしまう。
「馬鹿」遊は笑ったまま薄荷を見つめる。「友達を殺せるわけないじゃない」
遊は手の甲で、浮かんだ涙を拭いながら答えた。
「――ゆ、遊っ!」
薄荷が遊のところまで駆けて来た。
遊は両腕を広げて、薄荷を受け入れた。
薄荷を抱きしめることにもう何の躊躇もない。
「遊! 遊!」
遊の胸の中で薄荷が苦しそうに叫んだ。
「薄荷は泣けないから苦しいんだね」遊は薄荷の背中を撫でながら言う。「代わりに私が泣いてあげるから。薄荷が泣けなかった分まで泣いてあげるから」
温かい体温とくすぐったい髪の感触。
その全部が愛おしい。
遊は薄荷の背中に腕を回して、首筋に顔を埋めた。
自分の全部を薄荷の全部で塗りつぶしたいと思った。
「――貴様達、どういうつもりだ」
地面にぺったりと座り込んで抱き合う遊と薄荷に無粋な声が飛んでくる。遊も薄荷も顔を上げない。見なくてもわかる。機銃を持った大人達だ。
「南野はこのゲームで一度も銃を使用しなかった。東雲は使用していたが、その弾は意図的に外してるように見受けられた」
大人の声が何かを言っている。でも、遊はそんなこと気にならない。
「東雲の使用した弾丸はすべてゴム弾だった。貴様達、ゲームはどちらかが死ぬまで続けるのがルールだと知っているだろう? これは明らかに反逆行為だ。処分の対象だ」
何を言ってるんだろう?
遊も薄荷も大人達の言うことが理解できない。
どちらかが死ぬまで殺しあう?
それがルール?
そんなこと知らない。誰かが勝手に決めたルールなんかにもう縛られない。
「連れて行け」
その声と同時に遊と薄荷はあっと言う間に引き離された。遊も薄荷も激しく抵抗するが大人達は強くてとても敵わない。何度も殴られ、蹴られる。遊も薄荷も血を流して地面に倒れた。それでもまだ暴力は続く。遊は自分を取り囲み傷つける大人達の顔を見る。皆どこか醜く歪んで悲しそうに見えた。ああ、そうか。と遊は気付く。私達は弱いから傷つけられて、この人達は弱いから傷つけるんだ。
何て馬鹿なんだろう、皆。
「遊、遊ううっ!」
薄荷が遊を呼ぶ声がする。
人の壁に阻まれて、遊は薄荷を見ることができない。
それどころか、無数の手足に攻撃されて満足に顔を動かすこともできない。
このまま殺されちゃうのかな。
だったら、最後に伝えよう。
あの時、薄荷に伝えられなかった言葉を。
遊は心の中の機銃を構える。
ちゃんと、届けと願いながら。
怖くて、誰にもずっと言えなかった言葉を私はやっと言える。
そのことが誇らしくて、遊は傷つけられながらも笑みをこぼす。
さあ、トリガを引こう。
遊は視界に映った滲んだ空に向けて、最後のトリガを引く。
――薄荷、大好き