第21話 私達の戦い
セレクションの当日は参加者以外は休校扱いとなる。
セレクションの場合、ほぼ九割の確率で戦場は参加者が通っている学校になり、戦闘開始は朝の本鈴からと決まっているからだ。遊は開始三十分前に反省室から教師達に連れ出され、職員室に足を運んだ。そこでセレクション参加の最終確認を受ける。机に数枚の書類が置かれていた。太いゴシック体で『誓約書』とタイトルのついたそれに目を通しサインしろと言われる。
遊は何も読まずサインした。教師達は表情に幾分安堵の色を浮かべる。
開始まで教室で待機だと言われ、遊は自分の機銃と戦闘服を渡された。教師達は色々と遊に話しかけた。それは励ましだったり、同情だったり少なくとも遊に対して好意的なモノだったが、遊の耳には彼らの言葉は何一つ届かなかった。
遊は彼らに言葉ひとつ残さず、職員室を後にした。
渡り廊下を歩いて、教室のある校舎へ向かう。
早朝の風が遊の頬を撫でて、校庭へと流れていった。
遊は風の行方を目で追う。
校庭の真ん中辺りで砂煙が舞っていて、その先にはいつも遊が教室から眺めていた常緑樹がある。木々の陰には白ペンキがはがれかけた古い百葉箱が申しわけなさそうに佇み、その周りには薄荷のプランターが並んでいる。プランターには白っぽい花が咲いていた。
あれがダイヤモンドリリーなのかな。
遊はしばらくその場に立ち止まって、風に揺れる花を見つめていた。
もっとそばで見たいが、たぶんそんな時間はない。
遊は手にした機銃の重みを感じて唇をかみ、視線を再び校舎の中へと向けて足を踏み出す。朝陽が作り出した遊の影が校舎の開けっ放しにしてあった扉の影と重なった時、白衣の男が階段のそばに立っているのに気付いた。遊は眼に男の姿を映したまま階段に向かって歩いていく。
「やあ、おはよう」白衣の男は微笑する。
「おはようございます」淡々と返事を返した。
「出るんだね。セレクション」
「はい」
「システムに逆らうのはもう止めたのかい?」
「正直それについてはよくわかりませんし、決めてません」
「わからないまま君は戦場に出るのかい?」
「答えが出るまで皆待ってくれませんから」
「確かにそうだ。最良の答えを見つけるには人生は短すぎる。もっとも自暴自棄になって突っ走るには長すぎるけどね」
自嘲気味に男が笑う。
が、よく見ると泣いているようにも見える。
窓からの光が逆光になって、表情がわかりにくい。
予鈴が鳴る。遊は階段を登り始める。
「あと、五分したらここは戦場になります。職員室に戻ってください」遊は男に背を向けたまま言った。
「ああ。あ、そうだ、ひとつだけお願いがあるんだ」
「何ですか?」
「ゲームの最中、もし僕がまだ戦闘区域に居たら頭を撃ち抜いてくれないか。事故扱いになるから君は罪に問われないだろう?」
「嫌です」遊は足を止めて答える。
「どうしてだい?」
「これは私と薄荷の戦いだからです」
「わかった。すまなかったよ」男は微笑して肩をすくめる。「自分の人生は自分でケリをつけることにするよ」
遊はすぐに顔を前に向けて再び階段を登った。