第2話 戦場の子供達

 
 転校初日の儀式は滞りなく行われた。

 遊は黒板の前に立って自己紹介をする。名前は南野遊、得意科目はなし、趣味もなし、どうぞよろしく。誰も聞いてる者はいない。遊も特に気にはしない。お互い大人達に戦争ショーを披露して食わせてもらっている者同士。それ以上何も知る必要は無い。担任は背の極端に曲がった初老の男で、遊の自己紹介が終わると適当に空いてる席に座れといって教室を出て行った。教室の中に机とイスは全部で四十二ずつあった。でも席は八つしか埋まっていなかった。男子四人に女子四人。女子は二人ずつ固まっていて男子はばらばらに座っていた。遊は空いてる一番後ろの窓際の席に座ることにする。

「あんた今朝東雲薄荷と組んだんだって?」

 机に鞄を置こうとした時、女子のうちの一人が遊に言葉をかけた。どこか挑発的な声色だった。

「それがどうかした?」遊はその少女に視線を向ける。ソバカスだらけの子供っぽい顔にショートカット。左頬に薄く十センチくらいの切り傷がある。

「よく死ななかったなって思っただけよ。あのバカと組むとたいてい誰か死ぬから」

 ソバカスの少女がそう言うと途端に教室にいる生徒達が笑い出した。嘲笑めいた声だった。どうもこの部隊はハズレのようだ。遊は心の中で舌打ちをする。

「東雲さんは優秀な兵士だよ。少なくともあの子がいなかったらたぶん私は死んでたと思う」席についた遊は少女から視線をはずして言った。

 一瞬で教室は静まり返る。

 遊に敵意のこもった視線が集中する。

「はぁ? あんた何言ってんの? ちょっとは空気読みなさいよ。ここはあたしの部隊なんだからあたしの命令ひとつであんたなんてどうにでもできるのよ」

 眉尻を吊り上げたソバカスの少女が席を立ち近づいてきた。

 遊はすぐに席を立つ。

 見た目にはバレないように微かに体重を左に移動させた。

 攻撃してきたら、顔を蹴り飛ばそうと決める。

 しかし、遊の二メートルほど手前で少女は立ち止まった。

 射程外。少女は注意深く遊を見つめる。

「――あんたいくつなの?」

「何が?」

「カウンタ!」

「今朝でちょうど100になった」

 遊は左手を上げてみせる。仮にも兵士ならこの距離でも数値を目視できるはずだ。少女は目だけ動かして遊のカウンタを見た。少年が一人「三桁かよ!」と声をあげた。

「二人トレードに出して、あんた一人しか来なかったのはそういうことなんだ」

 値踏みするように少女の視線が遊の身体の上を這った。

「意味がわからないけど」

「あんた一人で二人分は働いてくれるってことよ。でもたまたまたくさん殺れるチャンスがあっただけかもしれないし、カウンタの値なんて参考にしかしないけどね」

「別に好きにすればいい」

「言われなくてもそうするわ。あんたムカつくから黙ってなさいよ」

 もっと挑発するようなことを言って先に手を出せようか、蹴り飛ばす口実を作ってやろうかと遊が考えた時、扉が勢いよく開いた。

「おはようっ! あれ? 南野さん?」

 制服姿の薄荷が息を切らして教室に入ってきた。

 能天気な声が響き、教室の空気が弛緩する。

「……もっと空気が読めないのが来たから、今日はここまでにしといてあげるわ」

 少女は薄荷を一瞥すると、ふんと鼻を鳴らして自分の席に戻った。

 遊も息を吐いた後、席に座る。薄荷はぱたぱたと陽気な足音を立てながら遊のそばにやってきた。

「また会ったね」薄荷は笑顔を遊に向ける。

「うん」遊は相槌を打った。

「南野さん、大人っぽいから上級生だと思ってた」

「そう。ねえ、東雲さん」

「薄荷でいいよ。何?」

「あの子、何て名前? ここの部隊長の子」遊は教卓のまん前に座っている少女の背中を瞳に映して尋ねる。

「ん? 夏目のこと?」薄荷は遊の隣に腰掛けながら遊と同じ方向に顔を向ける。「ちょっと怖いけど、いい子だよ」

 遊は短く「そう」とだけ応え、もう一度ため息をついた。